長久手 市民農園

保身の為にはこういうヴァ-チャル空間に痕跡を残さない方がいいと思いますが、農仲間を求めるのに活用できればと思い。主客をはっきりさせておけばコンピューターも道具として機能するでしょう。世の中に渦巻く悪意もひっくるめてヒトは向かうべき方向へ向かっているであろうし。


さて、除草のことを書きましたが農家がやむを得ず或は考え無しに使用するのは社会構造の問題に主に起因するわけで、農家に罪があると一概に言えません。ブログ程度の場で云々する話ではないでしょう。

が、

家庭ユース、家屋や周辺に使用するのは今すぐ止めるべきです。

除草剤がどういうものかは調べれば分かることです。調べましょう。

ではそもそも何故そんなに除草が必要なのでしょうか。

たしかに家屋の保全などに除草は必要ですが、私はよく思うこととしては

『なんでそんな草が嫌いなの??』

ということです。

そんなに目の敵にすることもなかろうに、と思うのです。

その敵対心というか敵意が怖いです。殊に老人ともなれば丸くもなろうに何故草だけは許せないのか?一方で庭木、盆栽、花や野菜は愛でているのがまた余計に怖いです。

草一本生えていないのが『綺麗』だと思うそのメンタリティが理解できません。これには日本人的な几帳面さとか勤勉さが裏目に出てる部分が多いと思いますが。

その辺にちょろっと草があるくらいで家屋は傷まないし虫が来るのが嫌だからといって除草剤を撒きまくるのは止した方がいいです。

草刈りがしんどいなら根こそぎ取らなくても適度な高さに刈っておけばいいでしょう。管理しやすい雑草が生える環境を作る手立てもあります。

除草剤でインスタントに事を済ませても、雑草はすぐ生えてきます。しかも草によっては除草剤耐性も付いたりします。そういう厄介な草ばかり生える環境を作る結果になります。地表の環境はどんどん死んでいきます。そうして毒物の溜まった土地を宅地や畑にすれば、利用する人に悪影響が起こるのは明らかです。



「雑草の種が飛んでくる」から草刈りをしろ、或はそれでよそ様に迷惑がかかるから草刈りする、これらもよく聞かれます。

隣接地がたとえアスファルトで固められていても、草は絶対に生えます。

こういう『言い草』は封建時代に民百姓が結束しないように仕付けられた名残だと思います。まったくもって…………くだらない足の引っ張り合いです。


要は労力も環境負荷も少ない『適度な雑草管理』をすればいいのですが、それよりも無意識に刷り込まれた思考の癖について考え直すのが第一でしょう。それこそ根こそぎにすべきものです。


草嫌いは農業における考え方とも密接に繋がっていると思います。また回を改めますが。


草や虫や小動物、微生物、それらを認め、共生するということができない限り世の中の戦争だって終わらんだろう、と思いますね。